偽善について考える[その1]

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「鬼野子」です。

某所で「偽善」についてのお話を聞いたのですが、

私としては「偽善」の話を聞いてるよりも、

「自分メッチャ悪いやつです」って話に聞こえてならなかったです。

「別にそこまで卑下しなくてよくね?」と思う場でした。

私もそうだったのですが、

「自分の一面」を知った時、自己否定から入るんです。

ブログとかの副業界隈・自己啓発界隈だと

「自分を変える」という話を散見します。

何なら「自分を変える」と言うことが

美徳とされる文化が日本にはあるとさえ感じます。

私は最近、「自分を変える」より

「自分と向き合う」方が重要だと思います。

自分を「違う何か」に変えることはできないのですから、

否定するよりも受け入れてしまった方がいいと、

私は考えます。

話が幾分か脱線しましたが、

要するに「自分は偽善者です、つまりゴミクズです」

みたいな話をいっぱい聞いたのですが、

それは大きな誤解かなと私は思います。

偽善と言うものは、

結局は「鎧」と「衣装」みたいなものと私は考えます。

自分をよく見せるために「見てくれだけ取り繕う」、

そんなイメージではないでしょうか。

しかし世の中、

よほどの聖人でもない限り自分がかわいいものです。

自分の利益が最優先で、

自分に不利益なことはしないものです。

そう考えますと、

「偽善」と言うものは

「悪」でも何でもないと私は思います。

極論を言ってしまえば、

お金欲しさに”人の為になったらいいな”と

ブログを更新している私なんて、

立派な「偽善者」だと思います。

何をもって「偽善」とするのか、

それが自分に当てはまるのかをもっと深く考え、

「偽善」ならどうしたいか、

それをするためにはどうしたらよいか。

そうしたことを考えないで、

「自分とんでもない偽善者です」で

話が終わってしまうのは、

尻切れトンボな気がしました。

もっと自分を見て、

向き合って、受け入れることで

「より良い明日」を目指せるのではないでしょうか、

私はそう考えてならない場でした。

今回は、そんな偽善についての

私なりの考えを記事にさせていただきます。

お堅い話なので、

はっちゃけた楽しい記事にはなりにくいと思いますが、

これも練習。

出来る限り

「読んでて楽しい記事」になるよう努めます。

最後までお付き合いしていただけたら、うれしいです。

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