ADHDを宣告された話[その3]

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ADHDを宣告されて

ADHDを宣告される前、

私は

過去のいろいろな出来事の積み重ねから

自分はダメ人間」と決めつけて

生きていました。

自分は甘えてるだけ

ダメ人間・クズ野郎」と、

常に自分に辛辣な言葉を並べて

日々生きているのですから、

それに人の主観の押し付けが加われば、

メンタルヘルスの観点から言えば、

最悪の人生でした。

ダメ人間」というレッテルを貼って、

自分と向き合おうとせず、

思考を停止していたという言い方を

されてしまうかもしれません。

思考を停止ていたと考えると、

ある意味では自分というものから

約30年逃げ続けていたのだと思います。

そんな私ですが、

退職前に「心が折れる瞬間

というものがありました。

そこから口癖のように

生きるのを辞めたい

死にたい」というようになり、

姉の勧めで

メンタルクリニックに通うようになりました。

そこで私は、

自分がADHD(注意欠陥多動性障害)であると

宣告されました。

最初は「発達障害!?」と驚きましたが、

よくよく医師

カウンセラーの話を聞いていくうちに

自分の今までの人生の答えは、

これだったのだと思いました。

自分の突飛な行動が多かったのも

研究・アルバイト・仕事が遅かったのも

このためだったのか
と。

思えば忘れ物や不注意は、

日常茶飯事だったので

ダメ人間」と思っていたのは

全部これが原因だったのかと、

私は思いました。

そこから私は変わりました。

自分とはいったいどんな人間なのだろう

と言うことに

強く興味が湧いてきたのです。

私は自分の、

外からの刺激に対して

感じたこと
を自分なりに

観察していきました。

そしてその時、

私の中で

どんな考えが起こっているのかを

自分なりに掘り下げて考えて
みました。

これまでの記事の内容も、

そう言った「私なり」を

積み重ねたものです。

とにかく私は、

この「第二の私の誕生日」を皮きりに、

自分を深く知り

それを盾にするのではなく

寧ろ自分の人生を切り開くために

使おうと思い、行動しました

過去の自分への認識も変わりました。

これまでは過去の自分を思い返しては

自己嫌悪

自責の念に駆られながら

生きてきました。

誰かを傷つける自分

弱い自分

無力な自分、

そんな自分が嫌いで仕方なく、

ネガティブな思考の中を

ずっとさまよっていました。

今ならはっきりと

やっちゃったよね」と言えます。

それと同時に

過去は変えられないけど、

これからのことは変えられる
」と、

未来を見れるようになりました。

「ポジティブシンキング」

とまでは行かないのかもしれません、

過去のことを思い出すと

今でもつらい気持ちになります。

しかし今までのように

つらい過去を思い出し、

自分を否定
するだけではなく、

それもこれも自分」として、

受け入れられるようになりました。

ADHDを宣告され、

私の人生は少しずつではありますが、

着実に動き出したのだと

実感が持てるようになりました。

確かに今も、

ネガティブな気持ちが強くなり、

鬱の底に沈むときもあります。

ですが以前とは違い、

私は自分を観察できるように

なり始めている
と思います。

そしてそれ故に

こういう時はこうすれば楽になる」と、

対処できるようになったと思います。

これからもこれを続け、

自分に詳しい自分に

なりたいと思います。

今私は、

徐々にではありますが

自分の人生を歩んでいるのだと

私は実感しています。

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